NFLOブログ

音楽は言葉にならなかった詩である

2017.02.10

みなさんこんにちは。
北京外国語大学中文学院NFLO東京オフィスの本間です。

 

さて願書受け付けも残すところ3週間を切りました!

まだまだ生徒募集中なので、ガンガン志願票を送ってくださいね!

遠慮はいりませんよ~(笑)

 

 

さてタイトルはノーベル文学賞を受賞した

ドイツの小説家ヘルマン・ヘッセの

「詩は音楽にならなかった言葉であり、

音楽は言葉にならなかった詩である」

という言葉から引用したものです。

受験勉強の時、色々なストレスと戦う中で、

心を癒してくれるのは音楽っていう方も多いかもしれません。

音楽を聴きながら勉強、作業をすると捗りますよね。

本間もブログを書きながら音楽を聴いているところです。

今日はそんな音楽をネタに書いていこうと思います。

 

さて日本から中国へ輸入されているもので音楽というのはご存知でしょうか?

日本の音楽は中国語に翻訳され、中国人歌手によって歌われています。

主に多いのがJ-popではなく少し古い歌謡曲などです。

J-popでも中島美嘉の『雪の華』や小柳ゆきの『あなたのキスを数えましょう』などがカバーされていることもあります。

歌謡曲はメジャーなものはほとんどカバーされているといっても過言ではありません。

意外なのが演歌も多くカバーされていることです。

細川たかし、北島三郎、石川さゆりなど、こちらもメジャーな歌はカバーされています。

谷村新司の「昴」が上海万博の開幕式で歌われたのは記憶に新しいかもしれません。

 

それではなぜここまで多くの日本の曲が中国でヒットしているのか、

それは日本の曲のメロディーにあるのではないかと思います。

中国、主に漢民族の音楽の源流は弦楽にあります。

音の抑揚があり、音が途切れることがあまりありません。

そのため音と音の間に残響があり、流れるような音楽です。

また西洋の音楽にあるような規則的な和音という概念はありません。

日本の音楽の特徴はリズムが無く、流れるような音楽です。

規則的な和音は日本の音楽にもありません。

また静と動、曲の中でスピードが変わるのも特徴の一つです。

歌い方の特徴として、ビブラートも流れるように使われます。

中国と日本の音楽性の共通点はこの流れるような旋律にあるのだと思います。

 

洋楽とは何が決定的に違うのかも検証してみましょう。

近年日本でも音楽の西洋化は言うまでもなく浸透してきており、

歌手主体の音楽になってきています。

歌謡曲自体も洋楽からの影響を受けているものが多いです。

渚ゆう子の「京都慕情」もザ・ベンチャーズの”Reflections in A Palace Lake”に歌詞を入れたものになっています。

J-popに至っては昭和と平成のすみ分けという見方もありますが、

洋楽の影響が大きくみられるものが多いです。

前述の歌手主体というのは、歌手自体が独特なリズムや旋律を持っていることです。

聴かせる音楽から、歌う音楽に変わっていったというのが端的な言い方になると思います。

洋楽というのは歌手が独特なフロウを持っており、

そのフロウが世界観を生み出します。

逆に日本の昔の音楽というのは曲主体のものです。

曲の旋律や歌詞が世界観を作るものです。

今でも演歌歌手の人が「歌わせてもらっている」と言うのは

曲主体の考え方があるからだと思います。

 

近年の歌謡曲のカバー作品を見ても、テンポを変えていたり、元の曲とは違うものとして歌われることが多いです。

もちろんカバー作品は歌謡曲時代にもありましたが、キーを変えるだけで元の曲が分かるものでした。

どちらが良い悪いというわけではありません。

しかしながら歌謡曲カバーをする、というところにも

その曲の歌詞を表面上だけでなく、旋律と組み合わせた一種の世界として取り入れた上で

カバーをしてもらいたいところです。

ポップス、Popular Musicだからと言って聞き手に迎合するのではなく、

曲が持つ世界観も伝えられるような作品が良いのではないかと私は思います。

 

 

さて音楽について色々と話してきましたが、

音楽は英語でMusicですよね?

このMusicは博物館を意味するMuseum と同じ語源を持ちます。

その語源は文芸を司るギリシャ神話の女神たちMusaです。

9柱の女神として良く知られています。

彼女たちがそれぞれ詩作、言語、音楽活動を司っていたとされており、

それを語源として、Museという動詞は「熟考する」や「黙想する」という意味を持ちます。

これは「考える」という意味を持つmen-というインド・ヨーロッパ祖語とMusaが合わさった形となります。

Musicに至ってはMousikeという「Musaの恩恵にあずかる人間の営み」という意味のものが語源となります。

MusicをMuseに接尾辞-icをつけた形であるという見方もあります。

いずれにしてもその背後にはMusaという女神たちがいます。

昔から詩作や言語、音楽活動をする人にはMusaからインスピレーションを与えられているとされています。

そのような様子を描いた絵画もいくつかあります。

 

 

歌い手であろうと、作曲者であろうと

Musaが舞い降りて良い曲を作っているのかもしれないですね。

歌が作り出す世界というのは国境を超えて人を魅了します。

それは人が心の中にあるものに訴えかけるものがあるからかもしれません。

懐かしさであったり、切なさであったり、

折れそうな心にあっても勇気づけてくれたり、

励ましてくれたりします。

色々な音楽に触れ、自分を再発見するのも良いかもしれません。

私も年を取るにつれ、懐かしさを感じさせる演歌や歌謡曲に近年ハマっています。

もちろんギターをしていたのもあって、最近の音楽も好きですが、

何か思いに耽ったりするときは昔の歌の方がいいですね。

ぜひみなさんも自分のモードに合った音楽を探してみてください!

 

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